
当園は、嘉永二年(1849年)に初代岩田嘉右衛門が、お江戸日本橋より中仙道一番目の宿場町、 板橋宿より半里ほど日本橋よりの滝野川村三軒家でお茶の栽培と製造を始めました。 当時滝野川村付近は、お茶の栽培が大変盛んで、春には飛鳥山の桜、秋には音無川のもみじと、 江戸庶民の憩いの場でもありました。 現在では、当時の桜ともみじを当園のパッケージに取り入れ、創業当時の滝野川を偲んでいます。
やがて滝野川は都市化の波に飲み込まれ、茶の製造もままならなくなり、 四代目省吾健在の時、後に五代目となった万蔵が伝統の茶作りを継承するために、 狭山茶の本場根通り(埼玉県入間市中神)へ、昭和22年茶園と製茶工場を開設し、 以来現在まで創業以来の製造技術を伝承致しております。

